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2018-02-12

メルマ旬報、その合間もだったのか

2018年2月11日(日)

時計を見て飛び起きる、7:15。まずい、やってしまった。今日は6時半には長女をバレーボールに送って行かねばならんかったのに。

しかしキッチンには料理をした形跡がある。昨晩はピカピカにしておいたのだから、つまりはカミサンが朝食もお弁当も、そして中学校までの送りもやってくれたという事だ。嗚呼スマン。

 

早朝から忙しかったカミサンは、またベッドに戻ったようだ。それでイイ、今日はたっぷり寝てくれ。

 

次女と三女に「ちょっと手伝ってくれ」とお願い。カミサンが寝ている間にお洗濯物をみんなで干す。

 

お昼ごはん。よっしゃ、なんでも作ってやるぞ、リクエストはなんだ?三女「ワタシはぁ〜、『お弁当』が食べたいのよぉ〜」。うえぇ〜、めんどくさい〜。

でも作ってやった。喜んでもらえているようで、何より。

 

そこからは全員で読書&昼寝。今日はなんにもしないぞ、カラダを回復させる一日だ。本を読む、昼寝する、起きたらまた本を読む・・・を繰り返した。肉体も精神もリフレッシュ。

ただ、昼寝の必要のないエネルギーに満ちあふれている三女は、次女の小学校の体操服を着て「小学生コスプレ」をして遊んでいた。遊びってのは無限だなぁ。

 

夕方、バレーボールから戻った長女を連れてみんなで食事に出掛けた。次女は嫌いなシメジに挑戦。おもしろい顔。

 

 

それから温泉。でもさっさと上がった。

 

昼間の本の続きが読みたかったから。風呂上がり、ビールと好きな本。贅沢の極み。「やっぱり博士は面白いなぁ〜」とたぶん、このまま「面白い本」として終わると思っていたのに・・・。

水道橋博士。忘れもしない23歳、この人の文章にアテられ俺は「幸せとはなんだろうか?」とその後いまだに自らに問い続ける事になる。出店の苦労も、売上の無い虚しさも、商売しながらのユニクロの倉庫でのバイトも、そしてその後に来る大繁盛も、全部水道橋博士の文章がそばにいてくれた。ただ疑問もあった、「水道橋博士は、タケシを追い抜こうとは思わないのか?」「二番手でもイイのか?」と。

そんな時東京・高円寺、「幸せってなんだろうか?」「最近いっつもそんな事言ってるねぇ」。俺が人生に迷いに迷っていた20代半ば(まだ迷ってるけども)、高校の同級生でマブのマサくんに相談した夜があった。

 

マサくんは何も答えない。ただ俺の話を聞いてくれるだけ。そして俺のやってることを応援してくれるだけ。でも、マサくんはとっくにその答えを知っているような気がしていた。青い鳥。

 

後書き、あまりにショックな事が書かれており、水道橋博士フォロワーの俺としては「俺もいつかはそうなるかもな」と共感した。ニーチェの言うとおり「深淵を覗くものは」だ。

この本はマサくんが送ってくれた。いいだろう、サイン本だぜ。俺はマサくんになにも返せていない。モノではない恩返しがしたい。

 

今でも続く博士のブログとメルマ旬報、博士にはこの遠い島根の寒村にも影響があるんですよと伝えたい。

温泉の休憩室、本を読んでいると『アメトーーク』をやっている時間だったようで、千鳥が喋っているのが聞こえた。この本を読み終わったタイミングで、筋太郎の話か。ホント、星座のように話がつながる。

 

何者にもなれずに40を過ぎた俺だが、それでも生き恥晒しながら今後もココに綴っていこう。自己をさらけ出したその先に、もしかしたら何かあるかもしれないとワクワクしながら。


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