とおりみちの今後

      2018/02/22

2018年2月21日(水)

本日のランチは赤ちゃんがいっぱい。ありがとう、みんな「大きくなっても、大きくなるまでも」ずっと来てくれよ。どうしても通い続けてもらいたい理由が、今日、出来てしまったもんでね。

 

今日は次女の4年生最後の参観日。毎月毎月あるもんで、参観日に対してあまり重要度は高くない。カミサンに任せて、俺はお留守番。の、つもりだったがカミサンが「ビデオカメラ持って急いで来て」だって。

 

なんでもかんでも大げさにビデオカメラ抱えて行事に出かける感じ、あまり好きじゃないんだけどなぁ・・・(この後、「録画しといててホンマ良かった」とカミサンに大感謝する事になる)。

 

小学校に着くと、授業はもう始まっていた。なんの授業だろうか、子供たちで「これは誰の『思い出』でしょうか?」というクイズをしていた。児童たち各自が匿名で、自分の赤ちゃんの頃の思い出を書き出し、それが誰の出来事であるかを当てるクイズだ。

確かにビデオを回している父兄もいるが、そこまで特別な授業か・・・?

 

全員の「思い出クイズ」が終わると、子どもたちはイスの向きを変え、後ろで見学している我々父兄の方に向かって座り直した。ここから「2分の1成人式」というヤツをやるらしい。4年生といえば確かに10歳、新聞とかで見たことはあるけど流行ってんのかな?

 

順番に発表するらしい。トップバッターの男の子が「お父さんお母さん、いつもありがとう」と、親への感謝お手紙を読んでくれる。一発でやられた、冷めたような引いたような自分がぶっ飛ばされた。

「これからもがんばります」「もっとお手伝いします」、とみんな高らかに夢を宣言。どいつもこいつも大きくなった、小さい頃からずっと一緒のメンバーだからみんな知ってる子たちだ。どんな夢でもイイ・・・、元気であれば、いや生きていてくれるだけで親孝行だよ。

 

そして次女のターン。

「小さい頃、ワタシが病気で入院している時、そこは親は一緒に泊まれない病院でした」。ここで既に俺の目から塩辛い液体的な何かが。そうだ、あの神戸のこども病院での大手術の時だ。「だからママはワタシが眠ってから帰ってくれました」、家族全員で臨んだ手術だった。

 

「あんなに寝るのが大好きなママなのに、とても大変だったと思います!」

ナイスである。父兄からもバッチリ爆笑を取れている。

さすが、三姉妹で唯一俺と一緒にお笑い番組を見てくれる次女。フリ(入院という深刻な事象)からのオチ(カミサンがよく眠る)までの流れが素晴らしい。あぁ、お前も立派になったもんだ・・・。

 

俺としてはココで終わってもらっても、充分だった。が、まだ次女のお手紙は続く(全員分の朗読を録画させてもらったが、次女が最も長く、平均の倍の時間のお手紙だった)。

 

何かココロが喚いたのだろう。次女は突然、嗚咽。そして絞り出すように「ワタシの将来の夢は『とおりみち』を継ぐ事です」。はい、我慢の限界。

そして「パパとママの一番カッコイイところは料理をしているところです」「『とおりみち』が大好きだから」と、お手紙を読んでくれる。

ふ〜〜〜・・・。

 

ちょっと、仕事への意気込みが変わるわ。実際、今日のお客様に「あれ、マスター今日なにか雰囲気が柔らかい・・・?」と言われたが、まあね、そりゃあ穏やかにもなる。

 

夜、今日の参観日の事には一切触れなかったが、次女と二人でカレーライス作り。次女、初めて市販のルウを使わずに作ったカレーライス。こんなモン作るくらい、まだまだ初級も初級のバイエルだからな!調子にのるなよ、とても美味しいけど!

 

継ぐとか継がんとか、どうでもイイ。今日のこの思い出だけで、ずっと生きていける。

死ぬ瞬間に思い出すだろうシーンがひとつ増えたってなもんだ。

 

ただ、もし継ぎました時には、どうぞどうぞよろしくお願いします。一生懸命頑張りますのでどうかよろしくお願いします。

しばらくは、「越えられない壁」になってやろうと思います。


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