ダイソン、長生きしたいとすれば
2016年2月19日(金)
テイクアウトのピザを取りにきてくれたお客様。ちいさなお子様もご一緒で、可愛らしいおもちゃのネックレスをしていた。この子はウチの三女と同じ保育園で同級生、今日は保育園では「お店屋さんごっこ」があったらしく、そのお店屋さんでその可愛いネックレスを購入したらしい。とてもステキなネックレスだった。
ちなみにウチの三女が購入したのはこの「ダイソン」。
なぜ、それが欲しかったのか・・・。「だってぇ〜、すずちゃんのお家はお掃除した方がイイと思ったのよぉ〜」。ザクザクに切られた折り紙や脱ぎっぱなしのシンデレラのドレス、汚しているのはお前だろう。
昼間にフェイスブックで最近のヒマさを訴えたところ、常連様や後輩連中が「寂しそうだったもんで」とこぞってご来店。ありがとうございました。次女のプール辞めたい問題などのアドバイスもいただいたり、楽しい営業。
2年ぶりに来た後輩トオルからは色々と情報交換。40も近くなると、健康の話が増える。
2016年2月20日(土)
天気も悪く、ノンビリ営業。お昼は家族みんなでカレーライスを食べた、土曜日にみんな揃って食事できるなんてどれくらいぶりだろうか?あまりイイ事とは言えないのだけれど。
それにしても確定申告よ。そもそもこの作業が進まないのは、「うわ〜い!こんなにイイ営業だったんだぁ〜」なんてなる事が無いからであり、酷い結果を見せつけられるような作業にどうして気が進むような事があろうか。であるからこそ、さっさと終わらせるべきである。
たまに「俺は自己啓発系の本は読まないんだよねぇ」みたいな事を殊更アッピールしてくる人がいるが、聞いてみるとだいたいそもそも読書してない。何を言いたいのかわからんし、自分に自信があるのはけっこうであるが、どうぞ「そのまま」でお過ごしいただきたい。いや、しかしコレはそんな人にこそオススメといえる本かもな。
コレがどうなって俺の「読みたいリスト」に加わったかは覚えてないが、たしか6年前に初めてのサラリーマン生活を送るにあたって参考にすべく手にとったのが勝間和代女史の本であった。
「自分こそが翻訳すべき!」と、この本を訳された勝間女史であるが、あの自信満々にうつる姿と対象的に、この本は徹底的な自己批判をすすめる内容。自分を責めるという意味ではなく、「目を背けている現実があるならば、立ち向かわない限り成長はないですよ」と訴えてくるような内容になっている。ところどころ身につまされる部分も多かった。
前述した「自己啓発系読まない」の人に同意するトコロがあるとすれば、俺も「自己啓発系」などと言うジャンルは認めていない。そんなジャンルは無いと思っている。俺にとって読書は、小説であろうと専門書であろうと社会学でろうとノンフィクションであろうと、それは全て自分の成長の為のモノであり、全てが「自己啓発本」である。読書に求めるのは自分の変化成長だ。映画も落語も読書も、このダメダメな自分を成長させてくれるためのモノだ。一冊の本を読み終わったあと毎回、まるで人生がパッと開けるような気持ちになり、逆にドン底を覗いてしまい後悔するような気持ちになれる。
カミサンには「そんな読み方して楽しいの?」と聞かれる事もあるが、楽しいねぇ。映画、本、ラジオ、長生きしたいとすればこの3つがあるからである(落語だけはアチラの世界に行った方が、好きな噺家さんがたくさん居て楽しそう)。