救われていた話

   

2018年1月26日(金)

振り返れば、だいたいイライラしている30代だった。島根に帰ってからしばらくは特にそんな感じ、飲みにも行かないし悩みを話せる仲間もいなかった。でも俺には本と映画とラジオと音楽があった。本屋は無いし映画館も無い、電波も無いし光回線も無いけれど。

 

突発的に起こるトラブルや、予期せぬ災難。生きてりゃ誰でもそんな不幸に遭遇するだろう。それが「遭遇」なら別にイイ、どうせなんとかなるんだし。それよりも、本当に面倒くさいのは「予定されている災難」。

何時に◯◯さんのお宅に謝罪に向かうとか、ゼッタイに行きたくないイベントに出席せねばならんとか、そういう「この後しばらくすると必ず嫌な目に遭う」と決まっている不幸がキライ。いや、正確に言うと「それまでに過ごす時間」がキライだ。

 

直面してしまえばどーにでも出来る、力技だろうが土下座だろうが慰謝料だろうが。ただ、それまでの時間をず〜っと憂鬱に過ごすのがイヤなのだ。

 

しかし島根に帰ってからはそんな時間は徐々に減ってくれた。スマホさえあればラジコプレミアムさえあれば、その嫌な時間までは深夜ラジオやヒップホップを聞いてりゃイイ。あっという間に時間は過ぎてくれる。

本と映画は時間が要るが、ラジオと音楽は仕事しながらでも楽しめる。この二つには今でも随分救われている。

 

それが昨日は好きなラッパーは死ぬし、捕まるし、俺が毎週聴いてるラジオに出てくるお笑い芸人も逮捕された。

ニュースを聞いた朝には「何やってんだ(笑)」くらいに思っていたのだが、時間が経つとともにジワジワと心が蝕まれる。「あの人がいなかったら日本のヒップホップはもっと遅れていただろうか」とか「なんでせっかく大きな仕事が入りだしたのに」とか「たしかまだ子どもが小さいはずだったな・・・」とか。島根の片隅で、41歳のオジサンが勝手に落ち込んでいる。

 

罪は罪。そこを庇う気はないし、しっかり償って欲しいと思う。ただ、ホント「普通に生きる」のすらも難しいこの世界だ。「そんな事ない。みんな頑張ってやっている」とおっしゃるかもしれないが、そう言う人だって一寸先は闇よ。人生は常に綱渡り、人によっちゃあ立派な橋のその真ん中を歩いているかもしれないけれど、それでも落ちる時だってあるんだぜ。俺だってこうやってフツーに暮らしてるのは奇跡みたいなもんで、いつ深淵に落ちて消えるかわからないもの。

 

死んだECDはもう戻って来ない。けど捕まった方の二人には、まだまだ人生がある。批判はあろうが、俺はこの二人にも何度も救われているんだ。救われた分くらい応援させてもらおうと思う。

 

夕方、次女とハンバーグ作り。楽しい。

 

上手にできたじゃないか。

 

こんな日がいつまでも続きますように。これ以上は贅沢言いませんから。


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