喪主をした時

   

2016年4月6日(水)

近くのおばあさんが亡くなり、今日はお通夜だった。

わが町にはいわゆる正式な葬儀屋さんというのは無く、通夜葬儀は近所のみんなで協力して行う。
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最初はびっくりしたが、これは農業、特に稲作を産業の中心においている地域ではよくある事と聞いた覚えがある。

年齢を重ねれば冠婚葬祭のマナーが身についていくのは当然だが、俺がそういった慶弔事を経験し始めたのはハタチくらいの頃。特に葬儀の場合は、友達の親御さんや飲食業の先輩のご不幸であり、そんな時は自分一人で出席する事は無いわけで、なんとか見よう見まねで「マナー」というものを学んでいった。

マナー。
「テーブルマナー」という言葉もあるわけだから、飲食店で働く俺にだってこの「マナー」という事象にも自分なりの解釈がある。俺が思うマナーとは「最低限、まわりの人にイヤな思いをさせない事」だ。

俺のじいちゃんとばあちゃん。我が家もこうやって地域の方々の協力で、お葬式を出させてもらえた。今まで自分が神戸や東京で学習してきた葬儀のマナーとは違ったが、マナーでいうところの「まわりの人」とはもちろんこのご近所に住む方々であるから、その人たちに「イヤな思い」をさせてはならんと、当然地域の流儀にならった。

6年前、親父の葬儀の時、この葬儀を取り仕切る人に「通夜の前に火葬場に行ってくれ」と言われた。お葬式が終わってからの火葬場が普通と思っていたので「お葬式の後に行きたい」と言うと、「それでは地域の人に負担がかかる」という事だった。

「なんでこんなトコロに生まれたんだよ」と島根を出て行き、その20年後の「なんでこんなトコロに戻ってきてしまったんだよ」という思い真っ盛りでの親父の葬式だったから、「そんなルールは知らねぇ」と突っぱねた。だって、親父にお別れを言いに急いでコチラに向かってくれてる人も多くいてくれたのだ。先に焼くなんて。

マナーは守りたいと思いますがね、こちとらその「ルール」が納得出来ずに島根を出て行ったもんでして。

親父の葬式にはイヤな思い出が多い。その「地域の人」というのが行ったり来たり、ずっと他人がウチにいて、ゆっくり悲しむヒマさえくれない。「こうやって忙しくしているから、悲しむヒマが無くてイイのよ」とも言われたが、「親父が死んだんだ。悲しむくらい俺の自由だろうが」と、余計にイライラしていたなぁ。ま、ガキだったのも事実だが。

そんな俺が、今ではすっかりその「地域の人」の一人だ。葬儀というのは確かに「イベント」ではあるかもしれないが、何事もなく進めるというのではなく、おばあさんを悲しみ、そしてご遺族の方の悼みに寄り添う「地域の人」であれ、俺。

おばあさん、とてもチャーミングな人でした。毎年、秋に採れた新米を少しおすそ分けにいくと「まぁ〜!こんなにイイものを・・・。マスターよくこの町に戻ってくれたねぇ」と褒めてくれました。おばあちゃん、本当にありがとう。寂しいわ。


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