生きるという事

   

2016年3月11日(金)

5年生の長女はそれなりにわかるらしいが、小学校2年生の次女は震災については何も知らないという。グーグルマップなどで東日本大震災の現場、出来るだけショッキングな映像は避けながらYouTubeで当時の状況を次女と二人で見た。

「もし海のそばで暮らす事があれば、地震の時は高い所に急いで逃げる」というお約束をした。考えても考えても、これが精一杯の教育。これ以上はパパにもどうしたら良いかわからない。

夕方、次女の同級生の男の子がバレンタインのお返しにと、ホワイトデーのお菓子を持ってきてくれた。意地悪ではなく、インフルエンザであるからして次女との拝謁はご遠慮いただいたが、どうやら手作りでお菓子を作ってくれたようだった。ちなみに次女がキミに渡したチョコは、たまたま島根に帰省していたマスターの妹が作ったものなのだが、それは言わないでいてやった。

夜中、先日行った大田市のcafe poの幸枝が来てくれた。イトコだが同業者、気恥ずかしいものがある。

さらに深夜、広島に引っ越してしまったかつての常連、まえちゃんご来店。
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坊主頭に縦縞のツナギという「今、脱獄してきましたスタイル」だが、中身は親孝行のイイ男。今世の結婚はあきらめたと言っていたが、俺もそう思う。

2016年3月12日(土)

今日は本来は臨時休業の予定だった。カミサンの里で法事だったのだが、娘達のインフルエンザで帰れなくなった。この帰省の際、大阪で友人たちに会う予定にしていたのだが当然そちらも延期。今年は前厄という事で、その会う予定だった神戸時代の友達と「厄払い」について電話。お互いかつては神戸に城を持ち、そして二人ともほぼ同時に倒産という憂き目を見た親友。彼は大復活し、今では大阪の高級タワーマンションを専門に扱う不動産屋の社長と変貌を遂げた。

かつては借金取りに追われ「あの時は死ぬつもりだった」なんて今では笑い話だが、あの頃の俺たちといえばもう酷いもんで・・・。「厄払い」には、当時迷惑かけた人に「恩返し」をしようという事に決まった。電話を切ってからすぐにさっそくアクションをとってくれたようだった。不義理したままじゃ、立派な厄年にはなれない。

人間、いつ突然死ぬかわからない。長生きしてもやり残した事があるというのが当たり前ではあろうが、それでもできるだけ自分なりの「生きる意味」というものを探りたい。厄年という人生折り返し地点と昨日の震災の映像が、いろいろと考えさせてくれる。
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がんを宣告され、彼が死を迎えるまでを自ら綴ったまさに「命をかけた記録」。以前読んだのは3年前。

様々な価値観はあってしかるべきだが、俺自身は、男は「仕事」であると思う。生きる為にというよりも、仕事こそが生きている証だと。グッドファーザーであらねばならん、というそもそも似合いもしない観念は最近ようやく捨てされたのだが、ならば仕事に集中できているかと言えば、まあこの本読んだらちゃんちゃらおかしいわ。この金子さんみたいな男の前では、「仕事に命をかける」なんて口が裂けてもってヤツだ。久しぶりに読んだが、俺を含め仕事に悩んでいる人は必ずなんらかの答えをくれる本、超オススメ。あの丸い可愛らしいとっちゃん坊やの金子さんが、まるで松田優作のように見える。

お昼は満席、夜も程よく忙しく、テイクアウトも今月最多。ありがとうございました。
そして来週再来週は怒涛の日々が来る。カミサンの負担がヒジョーに大きい一週間になり、すでにカミサンはピリピリ。こうなると大事なのは「いかにカミサンを『ソッ』としておくか」だ。
決して、
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こんな感じで接してはならない。自然に、自然にだ。それこそが俺の来週の大事な「仕事」なのだ。

それではみなさま、また来週!


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