入院
2025年11月22日(土)
午前4時。
もう今シーズンは終わり、良くなったと思っていたところに雷が落ちたような頭痛。悔しいやら情けないやらで朝を迎えた。
カミサンと次女は、三女のブラスバンドの発表会に出かける。俺も鑑賞したかったが、ほうぼうに迷惑をかけそうなので自宅待機。
カミサンと次女から「昨日誕生日だったよね?おめでとう」と、俺のお昼ごはん用にUFO置いていってもらえた。
大盛りにしてくれてる、嬉しいなぁ。ただ、UFOを食える元気も無くそこからはエンドレスに頭痛がくる。
しかし、俺にはイミグランがある。
今年の群発頭痛には非常に効果を発揮してくれて、タイミングよく点鼻できれば、いつもなら30分~1時間くらいの激痛も10分以内で終わってくれる。
それにしても、回数が多い。
毎年の群発頭痛期間では、だいたい1日に2回くらいのはずなのだが、今年は5回も6回も来る。
まぁクスリが効いてくれるのでイイのだが、「やっと終わってくれた」と思っていたところへのぶり返しは、頭痛とともにメンタルがやられはじめる。
それに、昨日もらったはずのクスリが、もう半分に減ってしまっている。
2025年11月23日(日)
おかしい、あまりに群発頭痛の頻度が多すぎる。
そして、クスリは徐々に効かなくなってき始めた。
昼過ぎにようやく落ち着いたのだが、今までならば発作が過ぎればケロっとしていたのが、さすがに疲労感が蓄積されて来ている。全身がダルいし、睡眠不足だ。
次女から「おまたせしました〜!」とデータが送られてくる。
毎年、我が家の三姉妹からは俺の誕生日に素敵なお祝い動画が送られてくるのだが、今年はタイ旅行をまとめてくれたメチャクチャにおしゃれな動画だった。
毎年「これは生涯ナンバーワンの動画だな!」と思うのだが、今年のもまた記録を更新してくれるようなムービーだった。
この後からは、これを頼りにずっと流して、ひたすら頭痛に耐える。
14~17時。
これまでで人生最長の発作には本当に「もう死んでも許してもらえるはず」「ここまでよく頑張った」と、ずっとクビをくくる妄想が続いた。
洒落にならない、本当に生き地獄。
ただ「もしかしてこの病気を娘たちが患っていた世界線があって、それを『神様、どうか俺と代わってやってください』と願って今この状態にしてくれているのなら、それならば俺はこの痛みを受け入れなければならない。死んで逃げればその契約がまた娘たちに戻ってしまう」と考えをあらためて生き延びた。
20時すぎ、今季最大の発作。
さっきのこれまでで最長だった3時間を過ぎても治まることもない発作に、カミサンがしびれを切らして町内の病院に電話。
24時、救急。
入院。
2025年11月24日(月)
前回はもう12~3年前。
始めてこの頭痛が発症したその時は「こんなもん、ただのお酒の飲み過ぎでしょ?」と言い放ちカミサンをぶち切れさせたセンセーはもうこの病院にはおらず、代わりに「群発頭痛ですか、それは辛いですよね」とわかってくれるお医者さんだった。
しばらく酸素マスク。
午前2時ころ、やっと発作が落ち着いてくれた。
先生からは「クスリの使いすぎだった可能性もあります」と、たしかに「1日2回まで」のクスリを痛みに負けて5回も使ってしまっていた。
あの長い発作は、そこまでクスリで回避できてた痛みが、利子までつけて返って来てくれたようなものだったのか。
ヘトヘトなのに、全然眠れず朝。
娘らが作ってくれた動画を何回も観た。
午前中の間にカミサンが迎えに来てくれて帰宅。
群発頭痛には手立てが無い、ここにいさせてもらってもしてもらえる事が無いので。
でも本当に助かった。クスリが効いたのか高濃度酸素が効いたのか、それとも両方が効いてくれたのかはわからないが、とにかく痛みは治まった。
帰ってから夜まで寝た。下水道工事は、最終段階まで進んでくれていたようだ。
起きると、馴染みのジュンが誕生日にとケーキを持ってきてくれたらしい。
ハリー・ポッターのケーキ。
アルコールが摂れないせいか疲れのせいか、甘いものが嬉しい。ありがとうよ。
フィジカルもメンタルも疲れ果てて、何も出来ない。
せっかくお店が営業していないのだから、この間にやらなければならないことが山積みなのに。
病院から帰ってからは発作は起きず。ただ怯えている。








