君の名は

   

2016年12月18日(日)

今日は長女の歯医者さんの日。俺と長女の二人で出掛けるつもりだったが、診察は夕方からだったので「映画でも行こうか?」というと、次女もそれならワタシも行きたいと。

で、『君の名は』を観る事になってしまった。maxresdefault『この世界の片隅に』が観たいけど、娘の前で号泣するわけにはイカンので。

とにかく観る前はシラケてて、毛嫌い。「こうやれば売れる」みたいなスタンスで作られた作品に、俺の魂が揺さぶられてたまるかよ、と。映画の内容は遮断していたが、制作の頃からの内情は入ってきてしまっていたせいで。

「食」への幻想は、もう無い。完璧な食材、熟練の調理技術、そして誰も追いつけない新しい発想。そんなチカラのある料理人の生み出す料理も、マーケットの上では日清の「カップヌードル」にかなわない。売上が正義だというのは、俺は身に沁みてわかっている。

山奥の喫茶店のマスターであるのは重々承知だが、それでも「食文化」の世界の一人である事を忘れてはいない。俺にだって実はプライドも誇りもある。「文化」で家族を食わせて行けるなら、俺だってそうしたい。だけどそれをマーケットは許さない。売れてるものが正しい、今ココにある現実こそが真実だ。「ラーメン定食無いの?」「しょーちゅーのお湯割り作って」というお客様を無視してイイほど商売は甘くない。俺が今まで頑張って勉強してきた西洋料理やワインの文化なんぞ、ウチで出す「明太子ごはん」でいただく¥250と比べれば一錢の価値もない。

「商売」になってしまってからはあんなに大好きだった外食も、もう全く楽しめない自分になってしまった。

その分映画、お笑い、音楽、本などの「食以外の文化」にすがってしまう。それに触れてる時間だけは「商売」から離れ、「文化」に沈んでいられるから。

だから「売ろう」とする映画は観たくなかった。新海誠や川村元気、その他日本映画界、アニメーション界を背負って立つような人々が「売れる為」だけに作るような映画を観て、悲しくなるのが嫌だったから。

で、観ましたところ、3度泣きましたね。娘の隣でね。

いやぁ〜映画ってホント良いものですね。

 

帰ってからお土産のいちご大福をみんなで。img_5578三女、いちご大福美味いってよ。


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