大人の定義(圧倒的解決編)

   

2016年7月8日(金)

朝8時から人間ドック。IMG_4515雨で涼しかった。

田舎の病院だからスイスイ進む。1時間ほどでおよそ標準的な検査を一通り終え、あとはイヤな胃カメラを残すのみとなった。

前回はクチからだったが、今回は鼻から通してもらう事にした。それでも鼻に鈍痛の走る麻酔をしたりするし、シンドイものはシンドイ。確かにえづく事は無かったが、「カメラの先にワサビ塗った?」と感じるくらいズキーンズキーンとする。しばらくお互い(先生と俺)頑張ったが、「ダメですね、通りません」と右を諦め左のトンネルに進路変更。この為の麻酔もすごくイヤなのに、またそこからかよ・・・。

なるほど俺の鼻腔というのは左が大きいらしいく、左も痛いのは痛いけれどもなんとか通過してくれて、これにて人間ドック終了。

結果やレントゲン写真見ながら、先生とお話。「血圧、視力、聴力は問題ありませんね〜」「体重は3kgほど落としましょう」などと。「何か不調を感じますか?」と聞かれ、自分の感覚では視力はかつての半分になっているような気がするんですよね、ずっと2.0だったのが、ここ2〜3年ほどは1.5という結果なんです。

「あぁ〜、そうですか。それはイイんですけどね」と先生。「それよりも、逆流性食道炎になってますね〜、ほらココ」

逆流性食道炎?ん〜自覚は無いなぁ。「あと、両肺上部に影がありますね。これはCTを撮らねばならないです」肺に影?僕タバコは6年生でやめましたから、クリーンなはずなんですけど・・・。

「そして、前立腺に1cmほどのしこりがあります。これは血液検査の結果を待たねばなんとも言えません・・・」

今まで、いったいいつになったら大人になるんだろうと思案していた。成人式の時なんてまだまだクソガキだったし、仕事始めた時も、結婚した時も、長女が生まれた時も、30歳になった時も、親父を見送った時も、己を「大人である」とは全く認識出来ずにいた。成熟した男性というのはいったいどういうモノであるのか?

ぼんやりと思っていたのは「責任が取れる人間」ではないかという事だ。何か問題が起きた時や失敗した時などに、何かしら解決する能力を身につけていられる人間を「大人」と呼べるのではなかろうかと仮定づけていた。若年だろうが老いていようが、そこに年齢は関係なく、経験や知恵や経済力や体力など、人それぞれ自分の得意な武器をもって、怯むことなき姿勢で問題を対処する事のできるヤツこそが「大人の男」だと。

いいえ、違います。完全に間違っていました。
大人の男になるという事、それは、「前立腺に問題がある」という事です(キッパリ)。

だって今回ワタクシ、はっきりと認識できました。「あ、今、大人になった」と。
今までどうしても、自分はまだまだガキだなぁと思っていましたが、先生から前立腺にしこりがあると聞かされた瞬間、「元服ってこういう感じかな?」と見たことも無いはずの室町時代に遡るイニシエーションを感じる事が出来ました。なにか一瞬、診察室に爽やかな風が吹いたような。

これからは、カウンターの向こうのマスターに以前と違う渋さが見えると思いますが、それは「前立腺のしこりのおかげ」でございます。万が一「アレ?ちょっと渋さが進行してない?」と思われた時はどうぞ早めに「病院行け」とおっしゃってくださいませ。

今夜は二人で成人式します。しこりと。


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