グッバイサーフィン
2025年4月12日(土)
朝、ケンケンをみんなで送っていく。この後、オフクロはシクシクと泣きだす。
「ケンケンちゃん、とにかく絶対に危ないところに行ったらイケんけんね!Americaは危険なんだから!」と、延々と言い聞かせていた。オフクロは常に「アッメリケ」みたいにネイティブ風に発音する。
ケンケン、出雲市駅から神戸行きのハイウェイバスに乗る。
が、まだ時間があるので今日は初めて一緒にサーフィン。娘と、その彼氏とサーフィンするなんて人生なんて、全く想像もしていない。倒産した時なんて、海も青空も無かった。本当に無かった。
しかし、こんなに楽しい日々が来るとはね。
次女に見送られ、俺、ケンケン、三女で海へ。次女もやればイイのに「ビビってしまった」らしい。
わかるよ。
だって、三女がイチバン上手いからな。全然波が無くて、それはそれで難しかったのだが、三女は相変わらず上手く乗る。俺とケンケンはひっくり返ってばかりだったが。
でも、ひっくり返るのも海の上でボケっと波を待つのだけでも気持ちイイんだから、次女もやったらイイ。スノボも上手いんだから。
パドリングばかりで疲れたが、しかし波が無い分その重要性もよくわかった。今日もとても楽しいサーフィンだったな。
終わってから温泉。カミサンは「4月の海なんてカラダが冷えただろうから、しっかり温まって」と言っていたが、俺もケンケンも三女も、パドリングしまくりでむしろ「暑い」のよ。
さっさと上がって、アメリカでの話など。
ケンケンの今後を聞くにつけ、何か励みになるような事を言ってやりたいのだが、いや言葉では無いな。日本から背中を見せてやれるようにならねば。
それにしても腹が減った。
みんなで温泉の隣の回転寿司へ。
俺は回転寿司が少々苦手で、いつも娘たちに「全然食べないじゃん!」と笑われるのだが、サーフィンのおかげで今日は俺も皿が進んだ。
しかし、こいつは「進んだ」どころでは無かった。俺たち4人分の皿が、ケンケン1人分。すげぇ〜〜〜
お別れの時間。
三女は「だってまだ『マリオ』クリアしてないじゃんか!行くな!」と引き留める。次女は言葉にならない。行かせてやれ。
そして、次女も三女もお前らだって負けずに羽ばたいてゆけ。
ケンケンと風呂で話したのだが、俺にとってもこんな幸せな人生は無い。
想像した人生とは真逆というか想像もしていないモノになってくれたが、それがなかなか刺激的で、しかし穏やか。
もはや誰かの励みになろうなんて、そんな偉そうな想いは微塵も無いが、せめて娘たち(と、その彼氏たち)に元気を出させてあげれるようなパパでありたいもんだ。