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2021-02-02

2/03(水)はお休みです

2021年2月2日(火)

朝。

夜中のウチに仕込んでおいた娘らの朝食を仕上げる。昨日は和定食だったので、今日はサンドイッチ。イチゴと生クリームのヤツと、奥にあるのはしらすのホットサンド。あとヨーグルト。

 

これらを食べさせている間にお弁当も完成。

こっちは「なか卯」を意識した、「牛丼とお蕎麦のセット」。初の「温かい麺メニュー」に挑戦。これが上手くいけば、だいぶお弁当の幅が広がるぞ。

 

今日は三女も早く起きてきて、支援施設の「たけのこ学級」へ登校。

あんなに元気に起きてくるのを見たのは何ヶ月ぶりだっただろうか。「あさり(猫)に噛みつかれて起こされたのよ〜」と大笑いしながら食卓にやってきた。

 

ランチ前に電気工事。

今年に入ってから連発した停電の防止策として、設備を新調してもらった。おせわになりました。

 

ランチ。

なかなか忙しくなりました。ありがとうございました。えっちゃんもドリンク作りを頑張ってくれました。

 

終わってからは、今日も三女をレッスンコーチにしてストレッチ。

「パパ!昨日よりも4cmも伸びてるわ!」って、正確に測ってる?1日でそんなに伸びんだろう。

いや、もしかして俺のモチベーションを維持するために、ワザと数字を操作してくれている・・・?

なんにしても嬉しい事。明日もレッスンよろしくお願いします。

 

夕方。馴染みと真剣しゃべり場。

くっちゃべってる中で「読書について」という話題になった。

 

マスターはよく本を読む、という風に見えるかもしれないが、俺がここに感想を書いているのは「誰にとってもちょうどイイだろう本」だけである。

ビンビンに痺れまくった「俺にとっては5億点!」みたいな本の事は、案外ここには書いていないし、

同じように「これは時間の無駄だし、薬おろか毒にもならん」みたいな本の事も書いていない(打たれ強く〜、の頃に1冊だけ「読むべきではない」を書いた事がある。反省している)。

 

 

読書から得られるのは、「回答」ではないのよ。

だって、悩みや困難などは残念ながら本を読んだくらいでは解決できない。

結局のところ、行動をもってのみ人生は改善できる。知識だけの奴や、口ばっかの奴が成功するワケがないんだもの。

 

ホリエモンの本を読んでも金持ちにはなれないし、池上彰の本を読んでも世界の全てはわからない。

しかし。

ホリエモンの「モノの見方」、池上彰の「モノの見方」を知る事は出来るだろう(あくまで文字情報として。読んだくらいで彼らの体験を身につける事は出来ない)。

 

つまり、俺の思う「読書から得られる事」というのは、

「『いろんな角度から物事を見られるんだな』、と気付ける事」。この1点に集約される。

 

視野を広げる。

世界にはもっと面白い事に満ちあふれている、いや、なんなら俺のこの周辺にもこんなにたくさんの素晴らしいものがあったのか!と、気づかせてくれるのが読書そしてあまたのエンターテイメント全般のチカラだと思う。

 

だから逆に「こうやればお金持ちになれる」とか「つまり世界はこういう事です」というような断定に言い切る本にはむしろ白けてしまったりする。

(それでいうと司馬遼太郎というのは歴史小説の体裁を取りながら、「〜であったと思われる」みたいな書き方で、「でも娯楽作品ですから」みたいな逃げ方に絶妙のイヤラシさがある。20~30代にハマりまくったが、今ではその無責任さが目について苦手だ)

 

どんな事象であろうとも、「アイツはバカだから」で切っておしまいなはずがなく、別からの角度で眺めれば何か理由があるもんだ。

そんな考え方を自分自身で修正するのは難しいから、俺はそこを読書や映画やお笑いやラジオに頼っているだけ。

本を読むのは、答えを探しているわけではなくて、この苦しみや困難にまみれた人生の道のりを「楽しく」歩むためのもの。

ただの「遠足のおやつ」。

 

本を読む事だけで人生は素晴らしいものにはならない。

でもなにかに気づき、嫌いだった誰かに優しくなれたり、今までなんとも思ってなかった事に感謝出来るようになれたらなら、そこで初めて読書が人生に意味を持つ。

 

馴染みとの話の中ではそこまで踏み込まなかったが、まぁなんとなくそんな感じの話をした。

 

俺の120点の本や映画は誰にも言いたくないが、今なにかコレをオススメしろと言うのなら談志のコレ。

 

お店を閉めてから豆まき。

「コォロナァァ〜、外ぉぉぉ〜!」大谷翔平みたいだ!

学校行かずリングフィットしてたらイイ投球フォームが身につきました。

 

 

 


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