toggle
2019-10-25

ボヘミアン・ラプソディ

2019年10月25日(金)

深夜、ようやくようやく『ボヘミアン・ラプソディ』。普段は寝ながらPCで観るが、今夜は店のテレビで大音量で。

約1年前の公開で、この間けっこうしっかりとQueenについて調べていた。あれほどのビッグバンドだが、中学生くらいからずっと「QUEENってちょっと苦手・・・」くらいに思っており全く知識が無かった。そもそもQUEENを島根の寒村の中学生に理解せよというのが難しいとは思うが。

映画では、QUEENの音楽性についてはさほど語られる事はなく、ただしフレディー・マーキュリーだけのバンドでは無かったというのが分かったのは良かった。バンドメンバーみんながすごい才能だった(どうもその辺がこの映画の完成に8年もかかった原因では無いかと踏んでいるが)という事も。

だいたい俺は「音楽伝記映画」というジャンルが大好きで、初めて観た『バック・ビート』に始まり『シド・アンド・ナンシー』『8マイル』『24アワーパーティーピープル』、なんなら『TANTANたぬき』までずっと観ている。最近では『JB』『ストレイト・アウタ・コンプトン』『ジャージー・ボーイズ』も全部好きだ。

しかし、この『ボヘミアン・ラプソディ』はちょっと・・・。

伝記ものであるから、いつどこでどんな問題が起こったかは知っていた。しかし映画ではその起きた悲劇に対して、それがあまりにもすぐにポンポンと解決されてしまう。って言われても、結構フレディ自身のせいで色んな問題が起きちゃってるんですけどね・・・。

どうして本名を捨てて「フレディー・マーキュリー」と改名したのか。ラジオで掛らないはずの「6分」という長い曲をどのように流行らせたのか。愛する妻との「本当の別れ」。グループ脱退そして再びの合流。

多くの問題を抱えていたのに、それが毎回すぐに解消されて良い方向に向かう。だからこの作品こそNetflixで10話くらいに分けてやれば、もっともっと深みが出る作品だったのではないか?と思ってしまう。フレディはあまりにも多くの問題を抱えこんでしまっていたんだから。

というマイナス点を加えても、いわゆる「5億点」は余裕で越えてくるんだからもうこの『ボヘミアン・ラプソディ』ったらね・・・。

ラスト20分、すごい。ずっと鳥肌。テレビの前で「フレディ〜〜〜!」と叫ばずにはいられない。どうして俺は劇場に、特に爆音上映に行かなかったのか。

ここまではライブ・エイドのこの興奮を再現するための1時間40分だった、そりゃあサクサクと進ませることこそが最高のプロットだ。

そして、RHYMESTER宇多丸師匠も言っていたように「誰にでも当てはまる物語」だと思う。

フレディのような天才だけが陥るモノでもない、誰でもココロが弱ってしまう瞬間があるだろう。そんな時、逃げてしまったり、なんなら「悪魔の囁き」みたいなモノに乗っかってしまう時だって人間にはあるはずだ。

でも何度でも立ち上がればイイ。血がつながっていなくても、自分にとっての「本当の家族」を見つければイイ。

フレディの死は、それ自体は大きな損失で不幸だ。音楽好きや表現者にとっては人類規模と言っても過言ではないほどの悲しい出来事かもしれない。

しかし、その悲劇的な事実をどう捉えるかが観客にとっての真実になる。「過去は変えられる」とは、この事だ。

素晴らしき『ボヘミアン・ラプソディ』。今後もし落ち込んだ時があっても、俺は「20分くれたら」ハイテンションに戻れる自信があるわ。

全然寝付けず、3時ごろまで余韻に浸っていた。

でもちゃんと起きてランチして夜の営業もがんばりました。

夜。来週から「掛け算」が始まる三女と「九九」の練習をしていたが、「全然掛け算やってる場合じゃねぇな」と引き算からもう一度やり直す事にした。

という一日。


よく読まれている日記