ハッピーアワーのワケ

   

2018年7月2日(月)

夜中にハッピーアワーのチラシをFb、Instagram、Twitterにあげた。

半年ほどは放っておいて、口コミとwebでの広がりの違いを体感したかったが、この夏に「ビアガーデンの代わりにしてもらえたら」という思いもあった。ただ、こういう「値下げセール」のようなやり方は、俺の本意では無いのだが。

 

ではなぜハッピーアワーをやろうと思ったのか。2つの理由がある。

そもそも営業している俺が「アルコールの需要」さえ感じていない。「値下げ」も「ビアガーデン」も、もしかしたらお客様にとってはさほど魅力のあるサービスではなく、他にせねばならん事があるのかもしれない。

ただこのサービスが邑南町に無いのは事実で、商売人なら誰もが一度はやってみたい「マーケットの創造」が出来るかもしれないという思いもある。誰もやっていないサービスで人気が出るというのは、そのお店や企業が小さければ小さいほど「してやったり」だ。山奥の小さな喫茶店がハッピーアワーなんかして、それで町の人がみんな喜んでいる。そんな事になったら痛快だ。

 

そして、もう一つはずっと願っていた「カミサンの負担減」も成すことが出来る。

ウチのドリンクの多くは飲み物なのに「盛り付け」「飾り付け」の作業が多い。だが、今回のハッピーアワー用に「制作工程の手数は減ったが、それなりの見映えと品質をキープした」商品を作った。ドリンクのご注文が増えれば俺の仕事量を増やして、一人で対応出来る作業ばかりになる。

そうすればカミサンをもう少しラクにしてやる事ができる、と。

この「マーケットの創造」と「カミサンの負担減」。まだ無いモノをやりながら、それが「働き方改革」になればモアベター。これが今回ハッピーアワーをやろうと思った理由である。

 

そして、商売とは別に大きな理由、宿命があると感じている。

企業が作りたいモノやサービスありきで商品を世に出す「プロダクトアウト」という考え方は、現在非常に嫌われている商売のやり方で、やはり徹底的にお客様の声をよく聞き、お客様の欲しいモノを提供するという「マーケットイン」の方がリスクも少なく売れる可能性も高い。

本当にそう思う。IKEAなどが「¥15000以下で買えるベッド」。など、まずは値段を決めてから商品を企画するというような話を聞くが、全く正しいと思う。徹底的なデータ収集、最低限のリスクでビジネスを行い、薄くない利益を出す。素晴らしいですね。

ただなぁ、多分の俺の役目はそこじゃないんだろうなぁ。喫茶とおりみちの役目は「なんで普通に享受できる喜びや楽しみが、ここに住んでるってだけで俺たち私たちには味わえないんだ?」という、この町に住む人の文化的不満をソっと解消してあげる事なんじゃないだろうかと思っている。

 

この町にもイイところはたくさんある。特に第三者目線で見る事ができれば、いろんな資源があるのかもしれない。でも実際に住んでいる人間にとっては、ピザもスパゲッティも食べる事は出来なかったのは事実。コーヒーはギリギリあっても、エスプレッソやラテは無かった。

俺がガキの頃はテレビ朝日系列、テレ東系列の放送局は無く、TVチャンネルは5つだけ。観たいバラエティやドラマにかぎっていつも放映がされなくて、夕方は何年も何年も一休さんの再放送ばかりだった。深夜のお笑い番組も、ずいぶん早い時間に砂嵐やカラーバーが始まってしまい観れなくて、なんで島根に住んでる人間は我慢しなくちゃいけないのかな?と、動かないCMを観ながら悔しくて疑問だった。

 

少し大人になってからも、懐かしい友人とどこかで食事をしようにも、酔っぱらいのオッサンのカラオケや下衆な下ネタを聞きながらの飲食店しか場所が無く、俺の欲しい文化という文化は、飲食店自らが消し去っていた。そしてこの町に残った若者たちの多くは同じようなオッサンになっていった。

 

商売はせねばならん、稼がねば娘たちの進研ゼミやバレーボールも続けさせてやれない。ただ、俺はこの「食の楽しみの失われた地」に文化の裾野を広げるという役目を背負って立っているとも思っている(勝手にだけど)。

酔っぱらいのオッサンたちへの「マーケットイン」は、俺がやらんでもイイ。俺がやるべきは「飲食店でご飯食べるのは、本当は楽しい事なんだよ」と、この町から消えつつある外食文化を、若者や子育て中のママさん達に取り戻してあげる事だ(と、勝手に)。

 

去年は「キッズルーム」を作った。そして今年は「ハッピーアワー」。

ちょっとずつちょっとずつ、この町に暮らしていても「外食って楽しい」と思ってもらえるようになったらイイなと思っている。それが出来たら、俺もこの町の人の役に立てたと実感できるんじゃないかなと。


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