なにか置いていってくれねぇかな

   

2016年1月14日(木)

商売をしていると「カネがない」というのはまぁなんとも恥ずかしい心持ち、無いからこそ見栄張って使っちゃったりするもので。

俺といえばそれが26〜30歳くらいだっただろうか。本当は全然カネなんて無かったクセに、周囲の同業者さんや同級生にいいカッコしたくてメルセデス乗ったりプレタポルテ着たりしながら高級なホテルに飲みに行き、ずいぶんと人生の勉強代を払わせて頂いた。そりゃ倒産もするわ。

東京から島根に戻ると、そういう見栄っ張りで中身の無い自分がトコトン嫌になり、酒に逃げたりもしたものだったが今度はそれで体調を崩す。ココロの問題でカラダを壊す、自分で自分の首を締めるような日々だった。あのころのカウンターに居てくれた常連の皆様には、今振り返ってみれば感謝ばかりである。あなた方がわたしのココロの支えでした。そして匿名のブログに付き合ってくれた人たちも。

禁酒が上手く行った日にはカレンダーに赤い丸を付け、それをみんなに見てもらい励ましてもらうことで依存症から立ち直れていけたのは、たった3年前のお話。今思えば、みんな俺のリハビリ医だったんだなぁ。

 

そして、その常連様と一緒に俺を支え励まし「なぁに、気にするな」と寄り添ってくれたのは『落語』であった。

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図書館で貸してもらったこの本がべらぼうに面白い。現代の第一線の噺家が惜しげも無く各自のアーカイブを披露してくれるのだ。これ一冊手元に置いて調べていけば、誰でもある程度は現代落語についてわからせてくれるのではなかろうか。それにしてもこの著者浜美雪さんの信頼されてる感たるや、う〜ん、凄い。

 

熊さん「ちょっと出かけるから、留守をよろしく」

八っつぁん「よろしくったって、おめぇの家なんて盗られるモノなんてねぇじゃねぇか」

熊さん「だから泥棒がなにか置いていってくれねぇかなと思って」

カネが無くったって、あの頃こんな風に”洒落”に生きる事ができてりゃあなぁ・・・。

立川談志いわく「落語とは業の肯定」。俺はこれを「人間のダメなところを愛してやる、言い訳を許してやる。それが落語だ」と解釈する。仕事が上手くいかない、人生が上手くいかない。それなのに誰かに会わねばならん時、「最近忙しくって」などカッコつける必要はない。ましてや「どうせ俺なんて」と卑下になるなんて以ての外。落語に出てくる人達のように生きれば良いのだ。

でも本当にツライのはそんな「他人に会う時」ではなくて、「自分と向き合う時」だろう。わかる、わかるよ。そんな時こそ「落語」です。売上が悪いとか借金減らないとか、そんなもんはね、別に”恥”では無いんですよ。熊さんのようにしれっとしておけば良い。どうやら色々と苦しんでいる商売仲間がいるようだが、落語でも聞いて早くその苦しみから抜け出せる事を祈っている。

俺の一番好きな古今亭志ん朝は、

「プロは稼がなきゃならない。好きな事だけやりたいなら、素人に戻りな」

と言ったそうだが全くおっしゃるとおり。肝に銘じてがんばります。

(それにしても今日はヒマだな・・・)


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